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「静かなる天才」──ロジャース・ホーンスビーの奇跡
1920年代、メジャーリーグはベーブ・ルースの豪快な本塁打で沸き立っていた。だがその陰で、もう一人の天才が静かに、そして驚異的な記録を積み重ねていた。彼の名はロジャース・ホーンスビー。ルースが空を切り裂くような打球で観客を魅了する一方、ホーンスビーは精密機械のようなバットコントロールで打率を積み上げていった。
ホーンスビーは1922年と1925年、打率4割超で三冠王という前人未到の偉業を達成した唯一の選手。特に1924年には、近代野球史上最高の打率.424を記録し、今なお破られていない伝説となっている。
彼は4割打者として3度の達成(1922年、1924年、1925年)を誇り、通算打率.358はタイ・カッブに次ぐ歴代2位。しかも守備負担の大きい二塁手というポジションでこれだけの成績を残した選手は、後にも先にも彼だけだろう。
さらに注目すべきは、当時「MVPは生涯1度まで」という暗黙のルールが存在していたにもかかわらず、ホーンスビーは1925年と1929年の2度受賞していること。これは、彼の実力がいかに突出していたかを物語っている。
1926年には選手兼監督としてセントルイス・カージナルスをワールドシリーズ制覇に導き、まさに「静かなる奇跡」を体現した存在だった。
だが、ホーンスビーはマスコミ嫌いで、映画も見ず、酒もタバコも口にしないストイックな性格だった。そのため、ルースのような華やかさはなく、知名度では一歩譲ることになってしまった。
それでも、数字は嘘をつかない。彼の打撃は、まさに「静かなる天才」の証だった。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通算打率 | .358(MLB歴代2位) |
| 首位打者 | 8回(1920〜1925年に6年連続、1928年、1931年) |
| 三冠王 | 2回(1922年・1925年)※両方とも打率4割超で達成 |
| MVP受賞 | 2回(1925年・1929年)※当時「生涯1度まで」の暗黙ルールを破る快挙 |
| 打率4割達成 | 3回(1922年・1924年・1925年) |
| 本塁打王 | 2回(1922年・1925年) |
| 打点王 | 4回(1920年・1921年・1922年・1925年) |
| ワールドシリーズ優勝 | 1926年(選手兼監督としてカージナルスを優勝に導く) |
| 殿堂入り | 1942年(得票率78.11%) |
参考;1903年以降のMLB 4割打者一覧
| 年度 | 選手名 | 打率 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1911 | ジョー・ジャクソン | .408 | ブラックソックス事件で永久追放1^ |
| 1911 | タイ・カッブ | .420 | 通算4割2回達成6^ |
| 1912 | タイ・カッブ | .409 | |
| 1920 | ジョージ・シスラー | .407 | シーズン最多安打257本5^ |
| 1922 | ジョージ・シスラー | .420 | MVP獲得、41試合連続安打5^ |
| 1922 | ロジャース・ホーンスビー | .401 | 三冠王達成4^ |
| 1924 | ロジャース・ホーンスビー | .424 | 近代最高打率、三冠王達成4^ |
| 1925 | ロジャース・ホーンスビー | .403 | |
| 1930 | ビル・テリー | .401 | ナ・リーグ最後の4割打者4^ |
| 1941 | テッド・ウィリアムズ | .406 | 最後の4割打者2^ |
4割打者は、今のMLBではもう達成者は現れないだろう。ロジャースホーンスビーみたいな選手は奇跡的な選手だったことがわかる。ルースがアメリカンリーグで、彼はナショナルリーグ。ヤンキース第1黄金期に一矢を報いた1926年の選手兼監督としての優勝は監督としても有能であったという証。こんな選手がルースの人気で霞んでみえるのが少し気の毒だと思う。私個人としては史上最高の選手の一人であることは間違いないので日本のメジャーリーグファンの方に知ってほしい選手である。

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